›2004年 11月 11日

[ 範疇 : 倫理の小道 ]
[ 範疇 : おっさんの知恵袋 ]

儚い命を無駄にしない方法

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 今年の夏は台風の当たり年でした。
 バカみたいに台風が発生しては、日本列島を直撃していったように思えます。
 
 世間では地球温暖化の影響で、台風にエネルギーを供給する海水温が上昇しているためと騒がれているようですが、それはあくまで発生の原因。どうして日本上陸が増加したのかという謎に答えるものではありません。
 あくまでも上陸の原因は太平洋高気圧なんです。
 もっとも、この高気圧の異常な発生ぐあいも地球温暖化が原因なのかもしれませんが。
 デマゴーグに惑わされて大騒ぎするスタイルを“衆愚”と呼びます。事実関係が確認できるまでは大騒ぎしないのがベター。
 みのもんたに翻弄されているババアたちも衆愚の典型ですがね。
 
 ちなみに台風については下記に詳しく記載されています。
 ■D-WEB 台風のすべて
 
 で、そんな台風によって庶民にもたらされたものが…野菜の異常な価格高騰なんです。

 最近ではようやく価格も落ち着いてきたようで、そこそこの値段に戻りつつありますが、台風と地震が起こった直後には、恐るべき価格を野菜たちは表示していました。
 もう家計大打撃ですよ(;´Д`)マジで。
 
 墨東地区でも有数の激安商店街である砂町銀座商店街ですら以下の価格帯。
 ジャスコやヨーカドーなど大型スーパーなどでは、半切で、この値段だったりするわけです。
  キャベツ 300円
  白菜 350円
 しかも小さくて、弱っているのが傍からも見て取れるくらい品質も悪い代物ばかり。
 
 砂町銀座商店街では、通常はキャベツだの白菜だのは100円が相場。
 300円も出せば、キムチを漬けられるくらいの特大の白菜が2ツくらい買えるんです。
 もう馬鹿らしくなってしまうんですが、そういうときこそ、ほうれん草や春菊、キャベツなど青物が食べたくなってしまうのが人間の悲しい性。
 
 カフェテリア実験ですか?
 
 青物が食べたい!!
 そんな声にお応えするのが、オイラの大好きな禅の精神なんです。なにせ「聖朝に棄物なし」として野菜屑すらも料理する慈悲の心。
 食材を無駄にしない。それはすなわち、ありとし生けるものを無駄として切り捨てない慈愛の精神に結びつくわけです。
 「悉有仏性」という語も、生物/非生物の枠組みを越えて、この「世界」を構成する要素であり、すなわち「世界」であると考えれば、そこらへんの箪笥やトイレットペーパーだって無駄にできるはずはありません。
 利害や損得勘定抜きのエコロジー精神が、禅の心なのです。

「五観の偈」
 
 一つには功の多少をはかり、彼の来処を量る。
 二つには己が徳行の全欠を忖って供に応ず。
 三つには心を防ぎ過を離るるは貪等を宗とす。
 四つには正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
 五つには成道の為の故に、今此の食を受く。

 
 訳(唐 南山道宣 「四分律行事鈔」 五観の偈)

 1.この食べ物が自分に至るまでに、多くの人々の労苦があったことを思う。
 2.私はこの食事を食べるだけの行いをしているだろうか、反省しよう
 3.むさぼり、いかり、愚かさといった迷いが起きないようにしよう
 4.食べ物は良薬と心得、肉体を枯死から守る程度にいただく。
 5.仏道を成し遂げるために、ありがたくこの食事を頂戴します

 まずブロッコリーの茎や大根の皮を食べる方法が下記サイトに紹介されています。
 ■All About:野菜高騰を切り抜ける節約テク
 
 ケンチン汁なんかも代表的な禅料理ですね。
 まさかレシピとつきっきりで、グラム数まで忠実に計量しながら料理する人もいないだろうと思うけど、そもそもは野菜屑などをぶち込んでいた料理なわけで、中に何を入れるかってのは本来自由なはずです。
 我が家でも味噌汁には大根の葉を入れたりしていますが、これが若干の苦みと歯ごたえがたまらなくヤミツキになるんですよね。人参なんかも皮に栄養素がつまっているとのことで、皮を剥かずに調理していたりします。
 我が家自慢の典座係、ザシキ師匠は大根の葉など青物の残り物を細かく刻んで、ごま油などで味つけをして炒めてくれるんですが、これがご飯の「ふりかけ」としては最適なんですよね。もう市販のふりかけなんか食べられないくらい美味!!
 
 なお禅の料理、すなわち精進料理については以下が参考になります。
 ■Tenzo.net 禅と精進料理
 ■禅の食養生から学ぶ
 ■鎌田商事:いまどきの醤油屋:精進料理
 
 また、アメリカならではの精進料理は、パンとスープだそうです。
 ■HotWired Japan:駒沢敏器の「生命の音」
 
 もちろん「ケチ臭い」とか「貧乏ったらしい」だの、あるいは「面倒くさい」という声もあることとは思います。
 そういう人はファーストフードで適当に、食事というより、カロリーを摂取して、足りない栄養素はサプリメントで補給して生きていて下さい。そんなのは生活の一環としての食事ではなくて、自動車にガソリンを入れるように、生きるための補給行為をしているだけなんですけどね。
 自分自身を延命させるためだけに食物を喰うってのは、ちょっと寂しいし、生から乖離しているなぁというのは、穿った見方なんでしょうか?
 
 スローフードってのが数年前から囁かれはじめました。
 右翼のような保守・懐古主義にも見えるかもしれないが、現代においては最も革新的な発想といえるでしょう。その中でも精進料理はスローフード中のスローフード。なにせ究極的には自家栽培した食材を利用するという、それこそ地域密着で伝統的な生活スタイルなのだから。
 
 個人的には精進料理だからといって、不殺生の戒を忠実に死守する必要はないと思っています。
 野菜も魚も動物たちも生きている。
 ヒンドゥー教徒の中には鶏卵すら殺生に触れるとして食べない人もいるという。
 ならば、なぜ小麦粉を食べることは殺生ではないのか。…まあ、戒律に書いてないからだと思うが。
 オイラは厳格な宗教者なわけでもないので、もうちょっと自由に考えて「在りし物すべてを大切にする」という思想から出発しようと思います。
 そういう意味で、魚も肉も野菜すらも、極力無駄にすることなく、慈愛と感謝の心を持って調理することが大切なわけです。「肉だから喰わない」んじゃないんです。既に殺されてしまった豚を供養するくらいの気持ちで、食肉という運命を全身全霊で受けとめてあげて、美味しく食べてあげることこそ、死んでしまった豚に対しての最大の礼儀なのではないでしょうか。
 
 どうでもいいけど、オイラもしばらくベジタリアンをやっていた時期があったけど、あれって不思議だね。
 肉喰った人が近づくと匂いでわかるんだ(;´Д`)マジで。
 もう肉を喰わない生活に慣れると、肉の匂いなんかが鼻について気持ち悪くなっちゃうんだよね。
 ま、吉野家の牛丼190円セールに誘惑され、貧乏人のオイラはあえなく挫折しましたけど。

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