2004年6月11日岐阜新聞より
改正児童買春禁止法が成立 メール提供も厳罰化対象
罰則強化や児童ポルノ画像のメールでの提供禁止などを盛り込んだ改正児童買春禁止法が11日の参院本会議で可決、成立した。衆院青少年問題特別委員会の委員長提案による議員立法。7月末までに施行される。
改正法では、ポルノ画像のデータをメールで送信する行為のほか、児童に一定のポーズを取らせて撮影する行為も新たに刑事罰の対象となる。
また18歳未満を対象にした買春や買春の周旋・勧誘について、懲役刑の上限を現行の3年から5年に、罰金の上限も100万−300万円から300万−500万円に引き上げる。
業務で買春の周旋や勧誘をした場合は、懲役刑の上限を5年から7年に、罰金刑を500万円から1000万円に引き上げる
それゆえ、このような事態も起こりうるのです→
“娘にわいせつ? 全国でパパが次々逮捕”
こんなポーズも、もちろん禁止。


みんなで集合写真を撮るときに「はい、ピース!」とピースサインを半ば強要する親戚のオッサンなんかも即、刑事罰。
…っておもしろおかしく書いてきましたが、これは記事中の「一定のポーズ」という表現が曖昧すぎるために流言飛語のように大騒動を起こしてしまった結果なんですね。
問題とされている当の「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律案」を読んでみればわかりますが、以下の部分が該当箇所となるわけです。
児童に第二条第三項各号のいずれかに掲げる姿態をとらせ、これを写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者も、第一項と同様とする
この「第二条第三項各号のいずれかに掲げる姿態」ってのが「一定のポーズ」ってわけ。
では、どんな姿態なのか。
今度は改正前の
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」を見てみましょう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの
二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
簡単にいえば以下のポーズが禁止されているというわけです。
●1号ポルノ=「児童によるセックスの写真」
●2号ポルノ=「児童と性器のセット写真」
●3号ポルノ=「児童によるセミヌード/ヌード写真」
まあ、さすがに街中で子供にこんなポーズをさせる親も少ないと思うが、乳幼児の場合は可能性がないともいえないところが難しいわな(;´Д`)一歩間違えれば
裸教育を実践する幼稚園とかでは行事の光景とか撮影できなくなりそうだな。。。
要するに
猥褻ってなんだ?という難しさでしょう。
たとえば天下のNHKはお堅いことで知られていますが、美術番組やら育児番組では、ばんばん
オッパイが出てきますし、高校野球などでは可愛いチアガールにばっかりカメラが向けられます(←これはダメな例か…)。
オイラみたいなキチガイにとっては、アダルトコンテンツも人間活動の一環であり、充分に尊いものだという認識があるので、パソコンの
壁紙も露出度高めで構成されています。
塞の神として辻に建立された
道祖神はチンポの形をしていますし、
シヴァ神のシャクティを表すリンガも男根です。
人間活動のうちの行為だけ取り出して善悪で明確に区別することなどできません。
人を殺すことが善にもなれば悪にだってなることがあります。
絶対の悪の行為など存在しないのです。
善悪を決めるのは文脈であり、政治であり、慣習であるのです。
具体的な環境におかれているカメラマンや出版社にとっては死活問題にもなるので、
このように冷静に状況を見極めたり、自主規制などに奔走する必要が出てきます。
似たような例としてよく挙げられるのが、
淫行条例でしょう。→参考:
恋愛規制条例(淫行条例)改正運動
淫行条例はそもそも「援助交際」などの
未成年が大人の資本の餌食になって性的搾取をされるのを防止する意図で制定されたようなのですが、法律特有の曖昧な基準のために、たとえば
同世代の恋愛であっても相手が17歳だっただけで
強制的に性行為が禁止されてしまうという恐るべき結果に結びつく可能性があります。
つまり
18歳未満の性行為を規制することになってしまうのです。
18歳未満だからといって、はたして自称「おとな」たちが、勝手に他人の
性に関する自己決定権を奪って良いものなのでしょうか?
くわしくは上記、
参考サイトさんを読んでいただきたいと思います。
…が、たとえば学校の教師が、生徒と恋愛関係に陥って、性交渉を持ってしまったために条例違反となる場合に対しては、私は多少、冷ややかな見方をしています。
確かに人間は
身近にいる人物に惹かれやすい傾向があります。
相手を「異性だ」と認識した瞬間から、恋愛が生まれる可能性は一気に高まります。これは自分の中の規制を自ら取り払った状態だからです。この自分の中の規制ってのが、世間様のハードルなんかよりも最も強力なもので、逆にいえばそれさえ取り払ってしまえば、あまり自分の行動を妨げるものはないともいえるわけですね(笑)。
だから、たとえば高校の教員なんかをしている人は、日々の生活の中で出会うことができる異性というと、同僚あるいは生徒という選択肢になってきます。で、生徒と恋愛関係に落ちる。そのまま肉体関係も持ってしまう。
…ちょっと恋愛という崇高なものに対して馬鹿にしすぎじゃありませんか?
いかに人間が身近に転がっている人物に惚れやすい性質を持っていたとしても、まず、そんな動物的な部分に流されてしまうだけで崇高さから掛け離れていると思います。
そのまま周囲がダメだという肉体関係まで押し切ってしまうってのは、痛すぎてたまりません。
それほど美しい純粋な愛だったら、別に世間体を気にするってわけでもなく、18歳になるまで待つこともできるのではないでしょうか?
それとも、法律に従わないことが純粋な愛の表現だとでも?
個人的に嫌悪しているのは、
周囲にいたから惚れた、という短絡的な情動です。
それを
屁理屈で理論武装して、美化したり、弁護したりするのも拍車をかけて醜いと思います。
恋愛がしたかったら、たくさんの異性と交流を持ち、それでも本当にその人物が好きなのか、徹底的に自分を吟味して、それから行動に出ても遅くはないと思います。
特に異性とふれあう機会が少ない人は、
自分自身の脳味噌に騙されないよう充分に注意して欲しいものです。
…まあ、ほとんどの世間の人々は自分の脳味噌に負けまくって、すっかり幻覚の世界で踊らされているようなので、それほど非難されることはないとは思いますけど(笑)。