›2004年 9月 17日

[ 範疇 : 倫理の小道 ]
[ 範疇 : 哲学 ]

焚書坑犯

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 最近、職場では盗撮が頻繁に行われている。
 もちろん店員がするわけではなくて、リアルに犯罪行為として変質者がやってくる、というお話だけど。
 
 書店などで働いたことがある人は知っているだろうが、コンビニや書店などでスカートの中身を盗撮しようとする変質者の数は意外と多いのだ。私が書店勤務だった頃は週に1度は変質者様が御来店あそばされ、私服警備員から連絡を受けたスタッフが周囲を包囲しながら犯罪行為が行われないようにプレッシャーを与え、店の外へと追い出していた。
  
 現在の勤務先はもっと過激で、少しでも挙動不審な人間がやってくると経験豊かな警備員の人が直感で見抜いてしまうらしく、防犯カメラを切り替えながら徹底的にマークしはじめ、驚くべきことに結局はなにもせずに帰ったとしても、その顔や服装などを記憶していて、再び店を訪れたときには入店と同時にマークし始め、現認ししだい逮捕となるわけだ。警官もぞろぞろとやってきます。

 昨日も実は女子高生を狙った若者が逮捕されてたんですよね。
 しばらく前なんか、ピンホールカメラという高価な機材をそろえて盗撮していたオッサンが逮捕されていて事務所で事情徴収されてました ヽ(´ー`)ノ うわーい、人だらけで休憩なんかできないよぉ。
 
 しかし以前は高価な機材が必要だったためか、中年のオッサンの犯罪かのように思われていたかと思いますが、現代ではカメラ付き携帯の普及のおかげで中高生からサラリーマンまで簡単に手が出せる犯罪になっているようです。
 昨日、逮捕されたのも、外見は爽やかで細身で長身、むしろカッコいい若者だったんですよ。
 いやはや、女性の皆さんもスカートを着ているときは周囲につきまとう不審な人物がいないかどうか注意して下され。見た目など信用できません。恐るべきことに女性すらもが性犯罪に手を貸すことだってあるんですから。
 ほんと悪質な性犯罪者は、地獄の業火に投げ込まれてしまえ!

 とにかく盗撮は立派な犯罪です
 
 それでもネットで「盗撮」をキーワードに検索すれば、約295,000件がヒットする有様。
 犯罪行為の犠牲者たちが、日夜ネット上に晒されているのが現状なわけです。

0255.jpg
[写真はイメージです]

  
 私の勤務する店にも当然のように盗撮もののアダルトビデオが置いてあります。
 その他、明らかに犯罪であるレイプ、痴漢を題材にしたビデオも置いてあったりします。
 
 それらメディアが悪影響を及ぼしているとは考えられないだろうか?
 いわば焚書坑儒の是非こそが問題になってくるわけです。

 
 まず、数年前に『完全自殺マニュアル』という本が規制されたことを思い出してもらいたい。
 そして、よくある青少年健全育成の名を借りて、有害図書などを定めようという検閲思想
 
 果たして漫画や本など危険なものを遠ざければ、若者は自殺しなくなり、暴力に走らず、セックスにも飢えず、健全に毎日を送ることができるのだろうか?
 それは、まるで「危ないから」と言って、乳幼児の周辺からハサミなどの刃物を遠ざける行為に似ている。
 そう、良識ある「大人」からすれば、青少年など判断力のない赤子も同然なのだろう。
 
 だがメディアを規制することが、どのような効果を及ぼすのだろうか?
 逆にいえば、メディアは、青少年の行動にどのように影響しているのだろうか?
 
 コロンビア大学の研究では1日1時間以上テレビを見ていた若者は10 代の終わりから 20 代初めにおいて、他者に対し攻撃的行動を取る傾向が高いことが判明したという。だが、この研究も具体的なコンテンツがどのように影響を及ぼすかは研究対象とされておらず、たとえば水戸黄門を毎日視聴した子供がどのような大人になるかは、この研究からは推測すらもできないのである。
 そこで我々の考察を進める上で、別に羅針盤になるものが必要になる。それは「人間はどのように行動を決定しているのか?」という問いである。残念ながら意志論ではない。むしろ言語化されない「意志」であり、行動を選択させる契機の問題である。
 …いや、普通の人は「意志」って聞くと、そっちを連想するのかもしれないけど(笑)

 人間はどのように行動するか。
 まず、なにかの刺激があり、それに対する反応として脳から指令が送られることになる。
 意識主体である我々からすれば随意運動も不随意運動も大した差はない。行動主体はあくまでも脳味噌だ。意志も選択も我々の管轄外であり、絶対君主である脳味噌からの命令を我々はただ受け取るしかない。それが、まずは大原則だ。

 ただ、脳味噌もなにもないところから、なにかを生むことはできない。
 行動の選択肢も、当然、今までの経験から生み出されてくるのである。
 それは、わかりやすい例でいうと、ネコを喰うか喰わないかを定める文化的背景であったり、女性を見てムラムラするかどうかという文化的性の刷り込み、あるいは常識と呼ばれる行動様式も、その一種である。
 夢ですら自分が知らないことを見ることはできない。それがたとえ予知夢であっても、過去に見聞きし、あるいは体験したことのミクスチャーでしかないのだ。
 無から有は生まれない。絶対に。
  
 つまり、メディアによって犯罪行為が紹介されることで、それらは選択肢として用意されることになる。だが、待てよ。犯罪行為ってなんなんだ? レイプに盗撮、痴漢などの行為は、メディアが紹介するまでは誰も思いつかない行為だったか?
 
 レイプなどは状況や背景に問題があるが、行為自体は単純に性行為でしかない。
 盗撮はフェティシシズムと、あとは人間の所有願望の複合技であろう。
 痴漢だって純粋に触るという行為なわけで、TPOをわきまえないから問題になるだけである。
 
 これら犯罪行為も、たとえば人知れず自宅に籠ってテディベア人形を相手に行うならば、絶対に犯罪にはなり得ないのである。…当たり前だが。 
 つまり、いかにメディアを禁書扱いにし、出版を制限し、若者の目から遠ざけたとしても、そういった性犯罪が消えることはないのである。むしろ犯罪行為を撲滅するには若者の手足を切り落とし、失明させ、心臓に熱く焼けた鉄杭を打ち込むのがベストなのである。
 人間がいるかぎり、どのような犯罪行為も残り続ける。
 いくら性犯罪を紹介するメディアを排除したとしても、性行為があるかぎりは性犯罪はなくならないのである
 
 もちろんストーカーのように、いままで呼称がなかったために、たとえば江戸時代などには存在しなかった犯罪ってのもあるけど、そういう行為は古くから行われていて、ただ「犯罪」とされていなかっただけ、と観ることもできる。つまり、基準を現代に置いてみれば、やっぱり奈良時代にもストーカー犯罪はあったってこと。
 あるいは現代には存在しないものを利用した犯罪なんかも、まあ、現代には存在しない犯罪なのかもしれないけど、そこらへんは代替するような行為があるものとして大目に見ていただきたいところです。たとえば三角縁神獣鏡で他人を撲殺することは現代では難しいけど、それはハンマーでの殺人行為に置き換えて考えることができるんじゃないか、とね。
 
 では、レイプもののアダルトビデオなども普通に野放しにしておいて、いつでも誰でも手軽に視聴できるようにしておいても問題はないのか? 小学校の学級文庫に団鬼六のSMブンガクを並べておいても良いのだろうか?
 そんなことはない。
 特定の行為に幾度も接触することで、脳味噌の中には、その行為が明確な選択肢としてイメージ化されることになる。つまり、ある刺激から生まれる反応が特定の行為に偏りやすくなるのだ。これを「選択肢の強化」と私は呼ぶことにする。
 そして、さらに、倫理観の変更も行われる。
 ここでいう倫理観とは小難しい話は抜きにして、単純に「TPOをわきまえる能力」と考えてもらいたい。要するに行動を許可/制限する枠組みが、異質の価値観に触れ続けることによって変化するのである。ぶっちゃけ価値観などはそれほど強固なものではなく、瞬間ごとに更新され続けるものであるからだ。たとえば麺類を音を立てて食べる文化に触れ続けた場合、イギリス人でもラーメンをズルズルと啜るようになるのである。…たぶん。

 具体的に例示すれば以下のようになる。
 たとえば痴漢もののアダルトビデオばかり見ていると、満員電車で隣に女性が来たときに「痴漢をする」という言語道断の行為が、普通に選択肢のひとつとして生まれてしまうことになる。そして恐るべきことに、ブラウン管の中とはいえ、痴漢行為に日常的に触れているため、状況判断能力も影響されて、常識的な判断ができなくなってしまうのである。そして、その結果、いわく「オイラも加藤鷹のように…」とばかりに犯罪行為に手を出してしまうわけだ。
 
 では、やはり有害な影響を与えるメディアは排除するべきなのだろか?
 …だから、違うんだってば。
 それこそ思想統制という危険思想なわけで。
 要するに利用者の心がけひとつなのだ。
 包丁が転がっていたとしてもオイラは人を刺殺しようとは思わない。たぶん読者の皆様も同じであろう。メディアも包丁も、あくまでも道具にすぎないのだ。
 道具は適切な利用を行ったときは、とても便利なものである。それが存在意義だからだ。
 エロメディアにしても、たとえば痴漢というシチュエーションに燃える変態予備軍の人もいることだろう。そして誰にも迷惑をかけないならば、その趣味は尊ばれるべきものなのである。
 危険性があるから、として強制的に奪う権利は誰も所有していない。
 たとえオイラが死体愛好癖を持っていたとしても、誰にも邪魔させないし、かといって実際に死体を掘り出してくることもしないだろう。
 
 変態でも良いんだ! 誇りを持て!
 ただし、実行するな。
 
 自分の欲求のために他人に迷惑をかける輩は最低だ。
 そんな人間は誇りを持つ云々の前に、既に人間として終わっているし、存在する必要のない人間である

 そして、さらに問題なのは、そういう個人の趣味をターゲットに金儲けをしようとするハイエナみたいな連中なのだ。人間の欲望にはキリがない。だから、次から次へと刺激的なものを提供し、購入してもらおうとハイエナどもは躍起になってくる。それが犯罪行為につながることもあるだろうし、さらには上述したような常習的に特殊な趣味に触れる環境を育むことにもつながる。
 もしも、自分自身が特殊な性的趣味を持っていると自認する人は、むしろ誇りを持って、そういった業者どもの甘い誘惑をはねのけてほしい。あれは麻薬のようなものだ。
 業者どもの思惑通りに操られるよりも、自らの意志で趣味を楽しむくらいの方が、よっぽど趣味に対して敬虔なのではないだろうか。

 要するに「ご利用は計画的に♪」ってことだ。

 つーことで、盗撮は他人を自分の性欲の犠牲者にする行為なので実行禁止です。
 しかも犯罪です
 たまにバカ警官などに訴えを聞いてもらえない被害者の方もいらっしゃるようですが、こちらの法律相談を参考にして、都道府県の警察本部または公安委員会に直訴し、性犯罪者に対して民事、刑事の両方から反撃の狼煙を上げて、充分に後悔させてあげましょう。
  
 あと、盗撮に関しては、その手法を研究することで防護策もある程度、推測されてきます。

【階段などの高低差を利用して撮影する】
→女子高生がするようにスカートの後部を鞄や手で押さえる。
→下から覗けるような場所には近づかない。
【携帯付きカメラを背後から忍ばせて撮影する】
→犯人はターゲットを探してから実行するので、怪しい人物に追跡されていないか注意する。
→周囲に人が立ったら、用心して身を離す。
→携帯を見るわけでもないのに持ち歩いている人物に注意する。
【バッグなどにカメラを隠して撮影する】
→バッグを床に置いたり、しきりに向きを変えたりする人物には注意する。
→周囲に人が立ったら、用心して身を離す。
 そして最大の防御策。
 スカートを穿かない。
 ピンホールカメラが相手ではロングスカートでも簡単に餌食にされます。
 
 妙なサイトを見つけたので、ついでに紹介。
 なんじゃ、こりゃ
 言っていることはマトモなんだけど、画像がむちゃくちゃ扇情的な気がするんですが…(笑)。
 

Comments

素朴な疑問。

「写真」って言っている時点で「イメージ」ではなくない?(笑)

Posted by: ヒロユキ at 2004年09月18日 09:04

漢字苦手なのでタイトル読めない。
ふりがな振って(涙)。
あと、内容面白そうだね。
斜め読みした。
今度時間つくってちゃんと読みたいです。

Posted by: のびこ at 2004年09月18日 23:02

>ヒロユキさん
 「イメージ」ってのは、まあ、本文の内容をわかりやすくイメージさせるって意味です。まあ、具体的な事件や女性には関係ないよ、ってことで週刊誌なんかに多用される表現だったりします。
 まあ、ぶっちゃけ、イメージを英語の直訳で解釈すると「像」って意味なんで、「写真は像です」ってのはなんの捻りもない道義反復なんですけど(笑)。

>のび子さん
 タイトルの元ネタは秦の始皇帝が行ったとされる「焚書坑儒」。儒教を弾圧するために儒教の本を燃やし、儒学者を穴に生き埋めにするって四字熟語が由来です。読み方は「フンショコウジュ」。
 だからタイトルも、エロ本を燃やして、性犯罪者を埋めるって意味で「フンショコウハン」と読んでいただければ幸いです。まあ、意図する内容が推測されるなら他の読み方でも構わないんだけど。「タキショアナハン」とか読んでもらっても気にしません。中国語読みでも良いよ。どう読むの?

Posted by: 管理人 [URL] at 2004年09月19日 04:13

fen shu keng fanですね。
内容ですが、基本的に同意。
両者の合意の下、第三者に不快な想いをさせない事を前提にすれば、どんな性癖の人も文句言われる覚えはないもんね。
盗撮やら痴漢やらは、相手の合意がないから、強姦と同じだよね。
第一、自分だけ気持ちいいのはイクナイよね。
気持ちいい事は相手と一緒でないとね。

Posted by: ヒロユキ at 2004年09月21日 13:27

>ヒロユキさん
 
 中国語訳ありがとうございます。
 実はこの記事に書き込んでくれた2人とも中国語ができると気がついたんで、なにげなくネタを振ってみたんです(笑)。のび子さんが反応してくれなくて残念ですが(笑)。
 
 まあ、ぶっちゃけ全ての行動において他人の迷惑などを考えていたら、まったく動けなくなってしまうとは思うんだけど、やっぱり個人的な欲求のために他人を犠牲にすることは最低最悪な行為だと思うんですよね。そこらへんは常識によって判断されるわけで、やはり常識を察知する能力ってのも必要になるのかもしれません。
 とりあえず痴漢や強姦趣味の人も、さっさとパートナーを見つけて、そういうプレイで疑似体験して満足してほしいものです。
 なにせ死体愛好癖の人なんかは、いかに合意の下だったとしても実際に死んでもらうわけにはいかないんですから(笑)。
 …あ、マグロで疑似体験する手もあったか(笑)。

Posted by: 管理人 [URL] at 2004年09月22日 16:35
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