
以前、花見で泥酔して帰ってきたとき、寝つけなかったのか、さらにビールをあおりながら友人から貰った海苔を食べていた。
もちろん貰った時は「何故、海苔?」と思ったが、美味しいし、海苔は好きなので結局は感謝感激雨アラレなわけ。ちなみにその友人からは「星のカービィふりかけ」なども貰ったことがあるんだが。…つーか、俺、貰ってばっかだな…(汗)。
さて、酔っぱらったまま海苔を食べているうちに、ふと「こんな旨いものを東京で購入するには、どうしたらいいんだろう」と思い始めたわけだ。
たとえば我が同居人であるザシキワラシ学芸員(前回のエントリで妖怪展に行ったとき、その響きに惹かれたらしく「私も学芸員と呼ばれたい」と言い出したので、しばらくはこの呼称で行きたいと思います)が、砂町銀座商店街で半年ほど前に購入した本場韓国の冷麺を、いまでも購入したくてたまらないのだが、いろんな店を覗いても置いてあるのを発見できずに悔しい思いをしていたりする。そんなとき、メーカーに直接、注文できればいいわけだ。
つまりはネット通販である。我々に与えられた武器はGoogleと食に対する貪欲な探究心だけである。
とりあえず友人から貰った海苔は、楽天でネット通販も行っているメーカーの製品だったので情報検索も意外に容易だった。驚いたのが、その味つけダシに対する説明である。
「海苔は主に有明産の厳選し尽くした素材。自社掘削の地下天然水に、醸造元に特別注文した秘伝のだし用醤油、さらに極上の天然羅臼・利尻昆布と国内産の天然無着色干海老、枕崎産の厚削り鰹節、天然塩を使用」
…ちっきしょー、かなりの贅沢品じゃねぇか。
だが、それとともに海苔初心者のオイラの頭に「海苔ってどうやって作るんだ?」という疑問が鎌首もたげてきた。そもそも海苔ってなんなんだよ?とか、青海苔とどう違うんだよ?とか、味つけ海苔の味つけって具体的にどうやるんだよ?といった海の幸博士には初歩的であろう疑問ですら私には未知の領域なのである。これぞ無知の知(笑)。
そこで続けざまに海の幸の勉強をすることになった。
まずは、なにを勘違いしたのか、潮干狩りのノウハウについてである。
●史上最強の潮干狩り超人さん
サキグロタマツメタガイを天敵とし、アサリなどを愛おしむ潮干狩り人間たちの憩いのオアシスであり、あまり味つけ海苔には関係なかったものの、大いに興味を誘われることになった。つーか、なんでもかんでも貝ならば食べてしまうという姿勢には頭が下がります。
その後、潮干狩り超人さんからリンクされていた現役漁師さんのサイトから、海苔については少なくとも必要以上の情報は得ることができたと思われる。まさか自分たちが食べている海苔の品種まで意識させられ、戦後、日本の養殖漁業に関わる問題などについても教えられるとは考えてもいなかった。
…だが、大いに学ぶところはあるのである。
●江戸前きんのり丸さん
現在の養殖海苔でほとんどを占めるスサビノリから、昔懐かしい天然のアサクサノリという品種を復活させるべく挑戦し続ける現役漁師さんのサイト。自ら採取した海の幸の通販も行っている他、日本全国の漁師さんによる直販リンク集も用意されている。
魚などは近所のスーパーで購入する、という人は普通に多いことだろう。だが、港町に出かけ、ふと食べた魚介類のあまりの美味しさに絶句したことがある人もいるだろうと思う。
私なども軽い気持ちで千葉県銚子で購入した干物が、干物のくせにジューシーであまりの旨さに目を疑い、大いに感動したことがある。それ以来、直販に勝る品質は無い!と妙な自信を持っていたりするくらいだ。だから、漁師さんが販売するってだけで、個人的には絶対旨いだろう、という宗教がかった信念が支えてくれる品質保証がついているのだ。
さらに言えば、直販は中途半端な中間マージンが発生せず、我々消費者にとっては市場価格よりも安く購入でき、漁師さんにとっては比較的良い値段で販売することができるわけで、お互いにとってメリットが生まれる流通形態であったりもする。
ちなみに、あらゆる食材が新鮮な方が美味しいというのは間違い。
実際に品川の食肉市場で働いている人に、豪華な牛肉の塊をプレゼントされた時のこと。
「数日、冷蔵庫に寝かせておいてから食べてね」と言われたのだ。
アミノ酸の生成だとか、あるいは筋が柔らかくなるとか諸説聞きますが、とりあえずはプロが言っていたのだから事実なのは間違いない。
食用肉だけは、一定の期間の熟成がないと、最高の味には到達しないようなのだ。
まあ、海苔なんかでも新鮮な海苔の方が好きな人が多いかと思えば、意外に湿気っているパサパサの海苔を愛する人なんかもいるかもしれないし、そこらへんは個人の趣向って奴になるのかもしれないけど。
とにかく食というものは、古来から人間を狂わせてきた。
それだけ日常のことだし、身近なイベントの中でも手っ取り早く楽しみを得られる行為であるからであろう。人間は、食べている、というだけでエンドルフィンが出てきて、科学的に落ち着くことができるのだ。
将来的に、時間のない企業戦士のために、無痛注射による点滴が日常的な食事の代わりになるのではないか、とザシキ学芸員に話したことがあるが、彼女に即座に否定された。その理由が「食べる」という行為自体に含まれる、エネルギー補給だけが食事の意味ではない、ということなのである。
もちろん、味覚や意識なども物質的な記号に還元して語ることもできるだろう。だが、そう語っているつもりでも、その背景には「食事は楽しい」という大前提が常に横たわっている。
それでいいのだ。食事は楽しい。
●快適ライフの食のメニューさん
珈琲や水などに科学的な分析を行った上で、より美味しい食生活を提案するサイト。
いかに食事が楽しいことかを教えてくれる。
是非とも、豊かな食生活を。
楽しんで食事できる人は人生も楽しめる。
近頃では、その信念が確信へと変わってきたようである。
汝、行為を目的とするなかれ。